『走ることを止めないでください』


そんな文章が目に留まったのは、高校卒業間近のとある日だった。


朝学校へ行くと下駄箱の中に葉書が一枚入っていて

宛名も無く、ただ無地の殺風景な紙に

マジックペンでそう大きく書かれていた。


さらさらとした字面から女子が書いたものと推測できたが

心当たりのある顔を思い浮かべてみても

こんなことをする人物は思い浮かばなかった。


走ることを止めたのは、今から5ヶ月ほど前の秋初旬ことだった


走るのは好きだった

だから、部活も陸上部に迷わず入部した


記録上はあまり速くはなかったけれど

走っている時が一番生きていることを感じることが出来ると思えて

輝いていると思えて、楽しいと思えて

いつの間にか走ることが人生の一部のように思えていた


だけど、体を壊して

「もう、以前のようには走れないよ」と

レントゲンを見ながら淡々と語る医者の姿を見たとき

「ああ、こんなものか」と思ってしまった


今までの人生で感じてきたことは勘違いだったんだなと思ってしまった。


人生は走ることだけではないし。他にも無限大の選択肢がある。

それも分からずに一つの狭い世界で満足していた浅い価値観の自分に

簡単に醒めた自分の走ることへの想いに

少なからず落胆してしまった。


だから、走らなくなった。


―――――――走らなくなったはずなのだけど――――――


それから数ヶ月が過ぎて

季節が春から初夏へと変わる頃

風景の青々とした緑の中を

いつの間にかランニングをする自分がいた


確かに自分は落胆していた

簡単に走ることに醒めてしまった自分に


人生は走ることだけでない、無限の選択肢がある

それは正しい。確かに正しい


だけど、この足は走りたいと言っていた

この胸は呼吸をしたいと言っていた

腕を振りたい。駆け抜けたい

そう思いたい。想いたいんだと気がついた


溢れ出したものはいつの間にか日常へと帰ってきていた

この足は走るためにあったのだと思う


どんなことでも、どんなものであったとしても

子供のころから、誰に強制されたわけでもなく

または、例え誰かに強制されたのだとしても


自分が考え、思い、それがそれでいいと決めたこと、好きなだと決めたことは

それがどんな小さな価値観であっても

意味のあるものだと、自分ひとりで決めた大切なことなんだと


つい最近そう思った

だから、今自分は走っているのだと思う


もし、あの時葉書をくれた見知らぬ誰かに返事を書くなら

きっとこう書くだろう


『僕は、これからも走り続けます』